子どもの頃に勘違いしていた、ちょっと恥ずかしいこと集

お題「子どもの頃に勘違いしていた、ちょっと恥ずかしいこと」

 

 

子どもって、世界をとんでもない解釈で受け止めてる。
漢字の意味、テレビの仕組み、社会のルール、日常の言い回し。
誰にも教えられてないのに、自信満々で間違えるあの感じ。

大人になってから思い出すと、穴を掘って埋まりたくなる。
けど、それ以上に愛おしい。

今回はそんな「ちょっと恥ずかしい子どもの勘違い」を、僕や友人たちの実体験をまじえて大放出していきます。

 

 

 

 


「サラリーマン」は、空手の段位だと思ってた

これは僕の黒歴史

「パパって何の仕事してるの?」と聞くと、母が言った。「サラリーマンよ」
当時の僕は、「あ、なんかの階級なんやな」と思った。

白帯 → 青帯 → 黒帯 → サラリーマン。

昇進の最終形態が「サラリーマン」。
すごい、うちの父、もうラスボスじゃん。
「じゃあ僕もいつか“サラリーマン”になりたいな〜」って言ったら、
母にめっちゃ変な顔された。今ならその意味がわかる。


テレビの中に人が住んでると信じてた(ガチ)

昭和とか平成初期の人は、けっこう共感してくれると思う。

本気で信じてた、テレビの中には人が住んでると。
ニュース読んでる人も、ドラマの人も、箱の中の世界にちゃんと暮らしてる

だから「今この人、何してるの?」って聞いたら、
「多分お昼寝してるんちゃう?」って母が適当に答えたのを、完全に信じてた。

テレビの電源切るとき、なんか申し訳なくて小さく「おやすみ」って言ってた自分、かわいいけどこわい。

 

 

 


「こくみんのせいかつをまもるけいさつ」=「国民の性活を守る警察」

小学校の道徳の授業。警察の仕事について学ぶ回で、先生がこう言った。

「警察は“国民の生活を守る”大切なお仕事です」

それをノートに書くとき、僕の頭の中にはこう浮かんだ。

「性活」ってなんや?
でもなんか、字面的にちょっとアカンやつな気がして、
あえて突っ込まずに堂々と黒板に書いた。

「国民の性活を守る警察」

提出したノート、先生が赤ペンで「字、ちがうよ(笑)」って。笑うな!

 

 


カーナビの「目的地周辺です」=運転しなくていい合図

カーナビが「目的地周辺です」って言ったら、うちの親は毎回なんか嬉しそうだった。

だから僕は思ってた。
あの声が聞こえた瞬間、ハンドルを離してもいいって意味なんだと。

で、ある日、駐車場で運転席に座らせてもらったとき、わざと「周辺です」のタイミングで手を離したら、

母「ちょ、お前なにしてんの!!」

めちゃくちゃ怒られた。僕はただ、機械の合図に従っただけです。

 

 

 


「天下一品」は世界一のラーメン屋だと思ってた

店名に「天下」ってついてんねんから、それはもう、この世で一番のラーメン屋やろがい!

大人になって初めて「こってりラーメンの好き嫌いが分かれるチェーン」だと知った。
あと、全国どこにでもあると思ってたのに、ない県もあって絶望した。

でも今も「天下一品」と聞くと、無性にテンションが上がるのは、
あの頃の無垢な“勘違い”が体に染みついてるせいかもしれない。

 

 


地球温暖化」=夏がちょっと長くなる程度の話

地球があったかくなる? いいやん。
冬寒いの嫌やし、プールの季節伸びるし、Tシャツ着られる日が増えるし。

「温暖」って言葉が、なんかほっこりするのが悪い。

その結果、地球が大変なことになってるって真実を知ったのは中学生くらい。
そのときの衝撃たるや、進撃の巨人が現実化したくらいのインパクトだった。

 

 

 

 


ピンポンダッシュは、ピンポン球を配る遊びだと思ってた

そう聞いたら可愛すぎるでしょ。

「〇〇くんがピンポンダッシュして先生に怒られてた」
「え?ピンポン球、配っただけで怒られるの!?」

数日間、意味がわからずモヤモヤしてた。
何が悪いのか分からず、自分もやってみようとしたとき、
おばあちゃんに本気で止められてようやく真相を知る。

子どもにとっての「言葉の響き」は、真実よりも強いのだ。

 

 

 

 


「平成」は永遠に続くと思ってた

平成元年生まれの僕にとって、「平成」は空気みたいなものだった。
終わるわけがないと思ってた。

でも、あっけなく終わった。

元号が変わっただけのはずなのに、自分がすごく古くなった気がした。
「令和って…新しすぎて逆に信じられん」って。

勘違いとはちょっと違うけど、
子ども心に「世界って永遠じゃないんだ」って初めて思った瞬間だった。

 

 

 

 

 


「ランドセル」は中に住めるくらい大きくなると思ってた

保育園のとき、6年生のランドセルがめちゃくちゃでかく見えた。
だから、自分が小学校6年生になる頃には、
ランドセルも身長も“ドラゴンボールみたいに”巨大化すると思ってた。

でも実際は、背負うのは変わらないランドセル。
大きくなったのは自分だったって、気づいたときの寂しさよ。

 

 

 

 


おわりに:「勘違い」は、人生のスパイス

今ではありえないような“間違い”を、全力で信じてた子ども時代。
バカみたいだけど、そのバカさがめちゃくちゃ尊い

大人になると、何もかも“正解”で生きようとしすぎるけど、
たまにはあの頃の「自信満々の勘違い」を思い出して、笑い飛ばしてあげよう。

誰だって一度は思ったでしょ?

「会社員」ってのは「カイシャイン星の戦士」だって。
……それ、僕だけか。